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【コラム】バイオコンサルタントの視点 リュウグウの砂に思いを巡らせる

【コラム】バイオコンサルタントの視点 リュウグウの砂に思いを巡らせる

著者:岡村 元義

アミノ酸がなぜ宇宙で安定に存在するのか?

はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの砂の成分分析の結果、23種類のアミノ酸が検出された。これってすごいニュースである。地球の生命体の構成成分がおよそ生物の住めない宇宙から検出されたことは生命の誕生を解明する手がかりとなると期待されているのだ。

 アミノ酸という分子が存在するには過酷すぎる宇宙環境において、どうしてバラバラにならず何十億年もの長い間存在していたのであろうか?理由としては宇宙環境が地球環境とは大きく異なっていることが挙げられる。宇宙の温度は -270℃とほぼ絶対零度(-273℃)であることがわかっている。絶対零度では物質の熱運動が完全に停止(エントロピーがゼロ)の状態であるため、分解などの反応も起こらない。医薬品、食品に限らず物質の安定保存のためには宇宙に保管するのがベストということになる。

細胞の保存温度はどうか?

 振り返ってバイオ医薬品製造の出発材料であるセルバンクの保存に用いられる液体窒素の温度は-196℃である。筆者の経験では液体窒素で長期保管したCHO細胞は10年以上長期保存しても再融解後の細胞の生存率は平均95%以上を保っている。液体窒素容器がなくてディープフリーザー(-80℃)に長期(5年以上)保管した細胞の再融解後の生存率は70%と明らかに落ちることがあった。さらにディープフリーザーも満杯で仕方なく通常の冷凍庫(-20℃)に細胞を保管したときにはさすがに細胞の生命活動を完全に止める温度ではないため死滅させてしまったこともある。市販医薬品のライフサイクルを50年として液体窒素保管の10年生存率を外挿した場合、実用上問題ない長期間の保管安定性が得られることが明らかなのでセルバンクの液体窒素保管は適切だといえるが、宇宙でセルバンクやタンパク医薬品を保管することが可能になれば永久的にセルバンクや医薬品の安定性が保たれる。

●ペプチド、タンパク質が合成されるまでどのようなプロセスがあったのか?

 気の遠くなるような広大な宇宙からほんの一握りのサンプリングによって得られた情報から安易な考察をすべきではないが、見つかったアミノ酸23種には、生体内には含まれない光学異性体(D体)を除外したとしても、天然型(L体)10種がたった5gの砂から検出されたことと、我々の体を構成するアミノ酸の種類が一致することを、単なる”偶然”として片づけるにはもったいない話だ。われわれの体は、20種類のアミノ酸を構成単位とするタンパク質でできているが、細胞内では巧妙なやりかたで異化、同化して生命活動に活用している。主なアミノ酸代謝はミトコンドリア内でおこるTCAサイクルである1(図1)。おそらくリュウグウの砂に含まれていたアミノ酸の合成には数十億年の年月がかかっているのに対し、細胞内TCAサイクル反応によるアミノ酸異化は数時間で反応が完了する。たとえばアラニン(Ala)は、タンパク質を食物として摂取し、分解酵素によりアミノ酸分子にまで分解される→栄養分として細胞内に取り込まれたAlaはピルビン酸に変換される→ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素でアセチルCoAに変換される→アセチルCoAはオキザロ酢酸に作用してクエン酸に変換させる→クエン酸は酵素によりイソクエン酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸などに変換されてクエン酸に戻るというサイクルを経る。この反応サイクルにおいてNAD、NADH変換反応を介してエネルギーが取り出され、水分子が出たり入ったりを繰り返す・・・これが20種のアミノ酸について同時並行で細胞のミトコンドリア内で起こっている。まさに細胞は宇宙での反応を短時間に凝縮したようなものである。

●偶然に見えるが必然である

 健康や病気の治療に必要なペプチド、タンパク質を、我々の体を構成している細胞につくらせるというのは人類の英知を結集した大発明に違いない。細胞の中で起こる反応を全て試験管の中でやろうとしたらとんでもなく膨大な工数になってしまうだろう。宇宙の誕生から現在に至るまでの宇宙時間上でアミノ酸、ペプチド、タンパク質の合成過程を推測するというのは、人間の時間軸からは受け入れられない。今回検出された10種のL体アミノ酸が生体を構成しているアミノ酸と一致していることを”偶然”と見がちであるが、宇宙の時間軸でみれば”必然”である。我々はリュウグウからのメッセージを空想で受け止めるしかないのかも知れないが、逆に細胞の中のアミノ酸代謝やタンパク質生合成の経路がもっと詳細にわかってくれば、宇宙の生命の誕生の解明の手掛かりになるのではという期待はふくらむ。また、古代生物の年代同定に炭素同位体(C14)測定が使われている。アミノ酸骨格には炭素がひとつある。リュウグウの砂に含まれるアミノ酸の炭素(C)の同位体分析から生成年代(億年単位)や生命起源の解明につながる情報が得られればおもしろいなあと思う。